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心が動いたとき57

「自分が誇れるもの、大切なこと、人達」

私は3年前バレーボールをするためだけの理由で山形に行った。
決して高度な技術を持ってなく、体力もなかった。
頭も悪かった。

入学をしてからは下宿生活を始め先輩方方や同学年の人からは、なぜ県外にでたのかを聞かれたそれは、”自分がコートに立ち優勝したいから”これが理由だった。
でも同学年の人からは「頭が悪いから行くところがなくてきたんじゃないの?」と言われた。
そのときは内心とてもむかついた。
でも、そう言われてもしょうがないと考え勉強ではなく、技術を少しでも上げていこうと考えた。
そして努力するために練習が終わってから走ったり、トレーニングルームでトレーニングをしたりした。
その後、大会があった。
私のことをそういってた人は試合にでることよりもユニフォームをもらえなかった。
そのとき、私はとても可哀想な気持ちになった。
1年生のときは孤立したときもあった。
そのときは誰も助けてくれなかった。
本当につらい1年だった。
2年生になり少しは落ち着き試合にでれる人も多くなり下宿生活にもなれてきた。
そんな中自分だけが皆に置き去りされていった。
毎日毎日皆の遅れをとった。

『自分はもうこのチームにいらないんじゃないか』
『皆の迷惑になっているんじゃないか』

と不安でいっぱいだった。
毎日下宿に帰り泣いて、次の日は目が腫れて皆に心配されるほどだった。
練習からも逃げ出したくなったり、学校にも行きたくないと思う日々もあった。
3年生になり、自分たち主体のチームで自分たちがリードをとらないといけない。
だけど私はとれなかった。
自分のことだけで精一杯だった。
そんな中自分にできることを探した。
そのとき思いついたことは、バレーには関係ないが、「人が困っているとき」「悩んでいるときに助けてあげる」「人の力になること」これくらしか自分にできないと思いした。
3年生になり練習試合では、1回だけリベロとして出させていただいた!
ちょっとしかでれなかったけど、自分の自信につながった!
自分は最後まで試合にでることは無かったが、私は試合にでることよりも大切なことがあると思った。
それは自分が精一杯頑張ったこと、
努力をしたこと、
最高の仲間と3年間過ごせたと、
最後に自分の誇りであることは、中学生の時からリベロとしてユニフォームを着ていた。
それが高校でも同じポディションでいれたこと、皆とは同じコートに立ち優勝する事はできなかったけど、皆と自主練習をし頑張ったことこれが自分の誇り。最高の仲間に支えられ、悔しいときは泣き嬉しいときも泣き家族以上に一緒に居た仲間が一番の誇り。
最後に自分の自慢できることを1つ2つ持ち周りに認められるような努力をする事が試合にでることよりも大切なんだと思う!

私は試合にでれない人には今自分ができることを精一杯やってほしいと思う!それをやることでなにかが見つかるから!
私は仲間、家族みんなに感謝している。

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