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心が動いたとき40

『2回目の出会い』

私が陸上競技を本格的に始めたのは中学生の時からです。
走ることは得意でしたが、体力がなく毎日の練習がとても辛かったです。
様々な大会を重ねていく度にタイムは速くなっていきました。
しかし到底他の人には及ばす毎回予選落ちでした。
それでも毎日の練習は人一倍頑張りました。
しかし他のメンバーで練習に参加せず、大会で良い結果を出す人がいました。
そんなこともあり私は
「練習しても意味が無い。結局生まれつきの身体能力で全部決まるんだ。」
と思うようになりました。
それからほとんど部活には行かなくなりました。

高校に進学し部活を決めるとき、選択肢に陸上の文字はありませんでした。
私が結局入部したのは奉仕活動部でした。
この頃の私は練習=努力は無意味という考えをまだ持っていました。
そのため勉強もろくにせず、毎日遊び堕落した生活をしていました。

そんなある日、文化祭間際に同じクラスの人に陸上部に誘われました。
中学の時にあった事を話すと
「大丈夫。顧問のI先生となら、また陸上をやりたいと思えるようになるよ。」
と言いました。
正直半信半疑でしたが、1年の9月の終わりに陸上部に入部しました。
部員は私を入れても9人だけでした。
しばらく運動していなかったので、体力・技術共にかなり落ちていました。
冬の練習は入部したての私にとっては地獄でした。
気持ちはまだ中学の頃と同じだったからだと思います。
ある日冬季練習後のミーティングでの顧問の言葉に、こんなものがありました。
「今は冬季練習で辛いと思う。でもこの冬の練習や毎日の練習は嘘をつかない。例え結果がでなくてもどこかで君たちの力になる。春を楽しみに頑張れ。」
というものがありました。この言葉は当時私にとっては、衝撃的なものでした。

そして5ヶ月の冬季練習も終わりシーズンが始まりました。私は2年生になり、後輩も多く入部しました。まず最初におこなわれたのは、リレーのメンバー決めでした。記録会のタイムでの選考だったため、正直期待はしていませんでした。しかしいざ走ると、驚くことにタイムがかなり縮んでいました。その結果リレーメンバーに選ばれ、スタートの良さから1走をずっとまかされるようになりました。
この時から練習への考え方も変わっていきました。新人戦からはリレーは準決勝の常連になるまでになりました。
I先生との出会いがあったからこそいい形で2回目の陸上競技との出会いができたと思います。今では「練習は嘘をつかない。」と言う言葉は私の座右の銘になっています。
これから先、壁にぶち当たってもこの言葉を思い出し、乗り越えていきたいと思います。

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