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心が動いたとき38

「生きているということ」

2011年3月11日。この日は、いつも通り部活に行った。
車で眺めるいつも通りの風景。
海がキラキラと光っていて、綺麗だと思った。この後、自分達の身に予想していなかった出来事が起こるなんて知らずに。

私は、卓球部に所属していた。
卓球部の活動場所は、海の近くの公民館。
その公民館でいつも通りのメニューをこなしていた。

そして時計が2時46分になった。

震度7の地震発生。

今までにない大きな地震だった。
揺れで思うように体が動かなかった。
でも、何とか走って外まで避難することができた。
揺れがおさまり、公民館の大人の人達がアパートに避難しろって言った。
公民館の近くには、4階建ての町営アパートがあった。そのアパートは、海が間近で、本当に大丈夫かなと不安にもなった。
不安になりながらも海の様子を見ていた。

海は、だんだん潮が引きまるっきり中が見えていた。
恐怖を覚えた。
恐怖で体が動かなかった。

そして、数十分後津波が町を襲った。
家がどんどんおもちゃのように壊れた。
今、自分の身に何が起きているの?と状況がつかめなかった。
津波は、何回も押し寄せ、とうとう自分が避難していたアパートの4階まで波がきていた。
自分は、[もうダメだ]と思い、死を覚悟した。
怖いと何度も叫んだ。
家族のことや、友達のことを考えていた。
みんな、無事でいて!!と願った。
そんな時、奇跡が起きた。
足だけ濡れて、その上は、濡れなかった。
助かって良かった。
時間が立ち外は、夜になっていた。
その日の夜は、星が輝いていた。
まるで、何事もなかったように・・・

朝になると、歩ける人は、高台のホテルに避難する事になった。
ホテルには、たくさんの人々が避難していた。
携帯もつうじなくて[これからどうなるんだろう]という気持ちでいっぱいだった。
夜になると、余震がなるたび、起きてなかなか寝れなかった。
寝るとあの悪夢が夢に出てきそうで怖かった。

朝がきて、いろいろと手伝いをしていると父らしきひと人の姿があった。
それは、父だった。
私の父は、何時間も歩いて迎えに来てくれた。
[無事で良かった]と言われ、涙が止まらなかった。
そして、父と再会した私は、歩いて家族の避難先へ行った。
家族の声が聞こえる、温もりもある。

自分は、生きているんだと感じた。

それから、地区の避難先に移動した。
避難先では、たくさんの方々が支援して下さって感謝の気持ちでいっぱいだった。
出会った方々は、皆温かい方々で感謝しきれない。
いい方々に出会えて本当に良かった。
震災を経験して、辛いこともたくさんあった。
でも、その分楽しいこともあった。

自分は、今たくさんの人々に支えられて生きている。
家族、友達みんなに支えられて、一生懸命に生きている。
これから、たくさん社会の壁にぶつかるかもしれない。
その壁を乗り越え、しっかり前を向いて歩いて行きたい。
そして、東日本大震災を私達の次の世代に伝えていきたい。

今の幸せは、生きていられること。

両親へ私を生んでくれてありがとう
友達へ私と出逢ってくれてありがとう
生きられるのが私の幸せ。
本当にありがとう。


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