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心が動いたとき28

「千年に一度の大災害が気づかせてくれたこと」

3月1日、私は高校を卒業しました…。
ちょっと長めの春休み等と考えつつも入試を控えていたため、家で問題集にシャープペンを走らせていました…。予兆があったのは3月9日でした。

震度4の地震…だけど私の住む場所は山の上なので津波の心配はなく多少驚く程度で済みました。

そして2日後の3月11日…忘れもしない14時を過ぎた頃の時間にそれはやってきました…

それは後に東日本大震災と呼ばれる大災害でした…

電話、テレビ、本…様々な物が落ちたり降ってきたりして私は必死に姿勢を低くしていました…
おさまった直後、ケータイには当たり前ですが圏外の文字が表示され家族と連絡が取れませんでした…

あわてて母が帰って来て、お互いの無事を確認、父は祖母のもとへ向かいわたしと母は弟の通う高校へ向かいました…何とか無事を確認したわたしと母は帰宅しまるで現実の事ではないようだと話ながら過ごしました

次の日に祖母の家に全員で集まりました…

断水のため近くの川へ水を汲みに行き、わずかばかりしかないものを詰めたお菓子などを買いにスーパーに向かい…

しばらく祖母の家で過ごしていた私はようやく電波が繋がり始めた頃に友達と連絡を取りあい無事を確認しあいました…

何日過ぎた頃でしょうか
電波が繋がり始める少し前のこと…その時はまだ電話回線も不安定なままでした

私の高校のクラスメイトだった女の子のおじが父の友人でお互いの無事を確認するために父が電話をしたそうです

その話によると私のクラスメイトは命こそ助かったものの全て流されてしまったらしいのです…
そんな相手に私はなんて言葉をかけたらいいのだろうと思いながら受話器を受け取りました

「もしもし、○○?大丈夫だったの?」

『うん、なんとか私は大丈夫だったよ』

「そっか、よかった」

『○○君は大丈夫だったの?』

こう言われた時、私は心のなかに強い衝撃を受けました…
一瞬思考が止まるほどに…
だって彼女はずっと住み慣れた家も、思い出も流されてなくなってしまった…
それなのに彼女は私の心配をしていた

「うん、おかげさまで大丈夫だよ」

そう告げると

『そっか、それならよかった』

と、本当に心から嬉しそうに言っていました…

苦難や逆境の中でこそ
誰かを思い手をさしのべる…
私は彼女にそのことの大切さを教わりました…

それまでも誰かのためにという思いが私のなかにありましたがこの事がきっかけでよりいっそうその思いが強くなりました。

彼女は今でも、私の大切な親友です

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